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1月30日のこと
今日は、ボーイフレンドが主催、演出、出演するライブだった。と同時に、私が編集部に在籍する雑誌の校了日でもあった。昼間から目の前のタスクを光のような速さで打ち返し続け、やっと手持ちがゼロになった20時半に会社を出た。全て終わったわけではなかったが、結局最終の校了は明日になるらしい。
会社の目の前の大通りに出て、タクシーを止める。
「とりあえず外苑前の駅までお願いします」
会社から青山方面へ急ぐときは、電車に乗ると遠回りになるので、ついタクシーを使ってしまう。というか今日はとにかく急いでいた。より多くのバンドを見たかった。彼の出番は21時ごろと聞いていたから、それより前につきたかった。タクシーは、外苑西通りをひたすら南下すると、すぐにライブハウスに着いた。
重い扉を開けると、すぐに彼がいて、「いま、演奏しているのが〇〇ってバンドだよ」と言われた。間に合ったようだ。ほっとした矢先に、「お願いだからさ、頑張ってって言って」と言われ、よく意味がわからなくて、どういうこと?と聞き返す間にやっとなるほどと気づいて「頑張ってね」と言った。そしたらすごく嬉しそうにしていて、なんて簡単でかわいらしいやつなんだと思った。わたしだったらどんなに不安でも、というか不安であればあるほど、そんなことは到底できない。
フロアに行って演奏を聴く。ボーカルの人は星野源ぽいなと少し思った。前に彼にこのバンドめっちゃおすすめだからって言われて一緒にMVを見たことがあったが、なんというか、ライブよりMVの方が良いかもしれない気もした。
演奏が終わり転換に入る。その間に、スラックできていた急ぎの仕事の作業をこなす。が、電波が悪すぎてPCをかかえ一瞬外に出る。煙草をすう男たちの中で数分PCをたたいた。忙しいマウント全開の女みたいでいやだなと思ったが、本当にすぐにやらなきゃいけないことだった。急いで会社を出てしまった代償だ。フロアへ戻り、ドリンクチケットでオリオンビールを受け取り、飲みながら出番を待つ。ビールがうまい。そういえば昼からずっと飲みたい気分だった。
彼のステージを見るのは2回目だ。付き合う前に、わたしが大学を卒業したすぐくらいにたぶん、主催ライブがあるから来てくれと言われて行った。三軒茶屋だった。全然仲良くもなんともなかったころだ。インスタのDMで誘われ、チケットを取り置きしてもらえるのかと思ったらGoogleフォームで申し込んでと言われて、今はそういうものなのか、と思ったのを覚えている(苦笑) ステージは、とにかく凝っている、という印象だった。観客を飽きさせない工夫が、というか飽きさせたくないとか意図せずに、突っ走って作り込むことに没頭しているのがよくわかる演出だったような気がする。楽曲に関しては、わからないが、一番大きく感じたことだった。バンドを組むにあたって、メンバーを繋ぐ役割をしたアーティストは、ZAZENBOYZなんだと言われ、少しわかったような、それでもわからないような感じだった。
今日のライブはあれがそうか、これはこうかも、でもよくわかんない、やっぱりよくわかんないなあと思いながら、ドラムのドタイプの女の子をハートの目でみながら、彼女のビートを100で感じながら揺れていた。と同時にかなり酔っていた。彼の顔を見つめたりすることはできなかった。絶対に目が合いたくなかった。私が付き合っているのはこのひとなのか、、、?こんなに歌って、こんなに曲を作って、こんなに考えて、めちゃくちゃすごいひとじゃんとぼんやり思いながら、わたしは缶ビール一杯でとにかく酔っていた。マイクを通して聴く彼の声はいつもより高い。MCでもずっと高いので、まるで別人のようだ。彼は本当に徹底的に演出を作り込むので(今回は特にえぐかった、怖くなるほどに)、このバンドは音源より絶対にライブだなと、前のライブでの感想ともおなじことをおもいながら、アンコールが終わるとすぐにライブハウスをあとにした。歩き始めると、冷めていると思っていた酔いが、体を襲う。ふらふらになりながら、早歩きで駅に向かう途中、彼に「かっこよかったよ〜⭐︎」とひとことLINEした。この間一緒に布団に入りながら、かわいいとかっこいいについて話したのを思い出してのメッセージだった。彼もあのときを思い出すかな、と想像しつつ、思い出さなくても何の問題もないと思った。というか、このあとしばらく返信が来なくてもいいように、☆をつけた。これをひらいたときの、彼の感情なんてわかるわけないから、なるべく無害で、軽くて、もしかしたら嬉しいかもしれない言葉を選んだのだった。わたしは結局、彼のことを(というか他者のことを)絶対的に信頼したり、無条件に期待することはできないのである。それでも、彼と一緒に今を過ごしたいと思った。それが今のわたしたちのすべてのような気がした。

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